大木こだま・ひびき

こだま ひびき おおき

因みに、「第二のいとし・こいし()か!」とまで大木こだま・ひかりの将来性を嘱望し、こだまのポーカーフェースのボケ芸を称賛していたのが、往年の人気コメディー番組『』や『』の作者であった笑芸作家のであった。

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腕上げたな〜」「 ハハァ〜。 ひびき「弘法も筆の誤りやな! 大木こだま・ひびき(おおきこだま・ひびき)は日本の漫才コンビ。

大木こだま・ひびき

こだま ひびき おおき

人生幸朗ばりのぼやきや、庶民の暮らしをネタにしたりと、ネタの数は多い。 翌年に所属するの根城だった大阪梅田ので初舞台。 からん・ころん解散後、大木こだま・ひかりを解散して映画出演(『吼えろ鉄拳』)等でピン(一人)の仕事をしながら相方を募集していた大木こだまとコンビを組み、現在に至る。

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・ こだま「おもろいやないかい〜。

About: 大木こだま・ひびき

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例えばこだまがトイレの話をし、ひびきがそれに冷蔵庫の似たような例え話を何とか食い込ませようとするが「誰が冷蔵庫の話をしとんねん? (中田カウスから「銭のにおいがしてきたな」と褒められたのもこの頃) そして、1996年には、第31回上方漫才大賞 と第25回上方お笑い大賞をダブル受賞。 とはいえそうした中、前述の中田カウスのアドバイス、ザ・ぼんちの里見まさとの助力で開催された近鉄小劇場での漫才リサイタル等が、漫才コンビ大木こだま・ひびきの地位を確かなものとした。 」こだま「 膝は笑えへんやろ〜。

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にもかかわらず、旧コンビ(こだま・ひかり)での「幻のグランプリ受賞」の業績がそこそこには知られていたことも多少手伝って、コンビ結成直後からその正統派的な実力は評価されていた。

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そして、ひびきをほったらかしにして次の話をする。 」こだま「わからへん〜」 ・ 序盤で必ず行われるやりとり。 ()1995年に終了• ・ 大相撲の春日野親方(元関脇栃乃和歌)に似ただみ声で、非常にねちっこいしべりを得意としている。

大木こだまはもともと、大木ひかりと漫才コンビを組んでいた。

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これはオチなので、これで漫才が終わる ・ TVドラマなどに突っ込む。 身長178cm、体重71kg。 トイレの話をしとんねや〜」と相手にされない。

絶頂から一転の悲劇でコンビ解散〜一からのやり直しを余儀なくされたことで、相当な覚悟が必要だったのではないか、と上岡に質問されたこだまは、「確かにそうでしたけど思たんです。 ・ 滋賀県彦根市出身。

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・ 大学を中退して漫才師になりたいと思った若き日のこだまは、大胆にも、当時無名の前座漫才としてなんば花月に出ていた中田カウス・ボタンのカウスとの面会を申し出て会うことに成功し、近所の喫茶店に連れて行ってもらった。 その後、、系人気バラエティ番組『』内でのが番組内で「 チッチキチー」や「 往生しまっせ」を頻繁に使用し、全国的にギャグとして定着した。

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1981年5月にコンビ結成。

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・ 桂文珍が1990年頃に司会していた『遊々文珍クラブ』(朝日放送)にこだま・ひびきで出演した時、文珍は、こだまには芸人としての「フラ(持って生まれたおかしみや愛嬌)」があることを述べていた。

is of• こだまの話に対してひびきも経験談を話そうとすると、すかさずそれを遮る。